箱宝 正眼寺
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 正眼寺の創建は古く、鎌倉時代に地蔵信仰から生まれたお寺です。この寺には、現在、曽我堂、曾我兄弟所縁の2体の木造地蔵菩薩立像、供養塔、槍突石など、曾我兄弟に関係のあるものが多く残っています。曾我十郎・五郎の兄弟は、建久4年(1193)5月28日、源頼朝が富士の裾野で行った巻狩りの宿営地で、亡父河津三郎祐秦(すけやす)の敵、工藤祐経(すけつね)を討って宿年の思いを果たしました。
 正眼寺は、慶応4年(1868)の箱根戊辰戦争で旧幕府方の遊撃隊の手によって創建時の地蔵堂、曽我堂共に焼失してしまいましたが、曽我兄弟の2体の像は無事持ち出され、大正年代に裏山に再建されたお堂に祀られています。
 この2体の像は、兄弟が地蔵菩薩に化けたものだといわれ、「曽我兄弟化粧の像」と呼ばれ親しまれてきました。また、寺の言い伝えによると、虎御前が兄弟の霊をなぐさめるために曽我堂を建て奉納したものだといわれています。
 五郎の像の胎内から康元元年(1256)の銘のある印仏が発見され、製作は鎌倉中期であることがわかりました。曾我兄弟木造地蔵菩薩は、秋の彼岸中(20日〜26日)に公開されています。
本堂、庫裏/国登録有形文化財
 本堂は明治37年頃(1904)に建てられた実業家・今村繁三氏の別荘を昭和7年(1932)に移築したもの。
地蔵菩薩立像/県指定重要文化財
本堂襖絵/町指定重要文化財
木造地蔵菩薩立像/町指定重要文化財
地蔵菩薩立像胎内納入品/町指定重要文化財
Tel. 0460-5-5638
箱根湯本駅から箱根登山バス畑宿経由元箱根港行き約6分「曾我堂上」下車
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曽我兄弟
 曾我兄弟の兄の名は幼名・一萬、のちの十郎祐成、弟の名は幼名・筥王、のちの五郎時致。鎌倉時代に実在した兄弟です。兄弟がまだ幼かった頃、親族同士の所領争いで父・河津三郎祐泰が争いの相手である工藤祐経の家臣に討たれてしまいます。母・満江は、相模国曾我城主・曾我太郎祐信と再婚し、兄弟は曾我姓を名乗ることになりました。五郎は、父の菩提を弔うために箱根権現(箱根神社)の別当・行實僧正のもとに稚児として預けられていたのですが、父の無念を晴らしたいという気持ちは消すことができず、十郎と力を合わせて建久4年(1193)5月に源頼朝のお供で富士の裾野に狩りに来ていた祐経を襲って本懐を遂げました。曾我兄弟の孝心は人々にたたえられ、室町時代に物語『曾我兄弟』が生まれ、長く語り継がれてきました
[ 箱根に残る曾我兄弟史跡 ]
曽我神社(箱根神社境内)
例祭5月28日/傘焼きの儀や居合奉納などが行われる。
兄弟杉(曾我神社入口)
俗称曾我兄弟および虎御前の墓(元箱根石仏・石塔公園)
俗称曾我五郎・十郎地蔵菩薩像(正眼寺曾我堂) ほか
 
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